グローバルサプライチェーンで挑む食品ロス削減:国際基準と先進企業事例
はじめに:グローバル化する食品ロス問題とサプライチェーン連携の重要性
食品ロス削減は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)ターゲット12.3にも掲げられる世界的な課題です。年間約13億トンもの食品が失われ、または廃棄されていると推定されており、これは生産される食品全体の約3分の1に相当します。この問題は、単一の国や企業にとどまらず、原料調達から生産、加工、輸送、消費に至るまで、国境を越えた複雑なグローバルサプライチェーン全体に深く根差しています。
食品関連企業にとって、自社の事業活動における食品ロス削減はCSR活動の重要な柱の一つです。しかし、グローバルに展開する企業、あるいは海外からの原料調達や海外への製品輸出を行っている企業においては、サプライチェーン全体での効果的なロス削減には、国境を越えた連携と国際的な標準に基づくアプローチが不可欠となります。本記事では、グローバルサプライチェーンにおける食品ロス削減の現状、国際的な基準の活用、そして先進的な企業の取り組み事例を通して、CSR担当者が自社の活動に活かせるヒントを探ります。
食品ロス測定・報告に関する国際基準の意義
グローバルサプライチェーン全体で食品ロスを削減するためには、まず「どこで」「どれだけ」ロスが発生しているのかを正確に把握することが第一歩です。この「見える化」を可能にし、企業間や国・地域を超えて比較可能なデータとするために、国際的な基準やフレームワークの活用が進んでいます。
その代表的なものの一つが、Food Loss and Waste Accounting and Reporting Standard(食品ロス・廃棄物会計・報告基準、通称FLW Standard)です。これは、世界資源研究所(WRI)や国連環境計画(UNEP)などが中心となって策定したもので、企業や組織が食品ロス・廃棄物の量を測定し、報告するための国際的な枠組みを提供します。
FLW Standardのような国際基準を用いることの意義は多岐にわたります。
- 共通言語の確立: 定義や測定方法が統一されることで、サプライチェーン内の異なる主体間、あるいは異なる国・地域間で、正確な情報を共有し、議論することが可能になります。
- 精確なデータ収集: 基準に沿って体系的にデータを収集することで、食品ロス発生源の特定や、削減策の効果測定が容易になります。
- 透明性の向上: 第三者への報告や開示において、国際的な基準に準拠していることは、データの信頼性を高め、ステークホルダーからの評価に繋がります。
- 削減目標設定の根拠: 基準に基づいたベースラインデータは、具体的かつ測定可能な削減目標を設定するための重要な根拠となります。
グローバルサプライチェーンに関わる企業がこれらの国際基準を理解し、自社のデータ収集・報告体制に組み込むことは、サプライヤーや顧客との連携を深め、食品ロス削減活動の実効性を高める上で極めて重要です。
グローバルサプライチェーンにおける先進企業事例
国際基準の活用や、国境を越えたサプライヤーとの連携強化など、グローバルな視点で食品ロス削減に取り組む企業の事例を紹介します。
事例1:大手食品メーカーX社のサプライヤーエンゲージメント
多国籍食品メーカーであるX社は、世界中のサプライヤーから様々な農産物や原材料を調達しています。同社は、農場段階での食品ロス削減がサプライチェーン全体における最上流での重要な課題であると認識し、サプライヤーとの連携を強化しています。
- 取り組み内容:
- 主要な農産物サプライヤーに対し、FLW Standardに準拠した食品ロス測定と報告を奨励・支援しています。
- ベストプラクティス共有会を定期的に開催し、他のサプライヤーや専門機関との知識交換を促進しています。
- 特定の地域における収穫・輸送段階でのロスが多い品目について、サプライヤーと共同で原因分析を実施し、改善のための技術支援(例:適切な収穫時期や方法、梱包材の改善、コールドチェーン強化)を提供しています。
- 長期契約や共同での品質基準見直しを通じて、規格外品や予期せぬ余剰品の買取・活用ルートを検討しています。
- 成果・効果: サプライヤーの食品ロスに対する意識が向上し、特定の地域・品目でのロス率削減が見られ始めています。サプライヤーとの信頼関係が深まり、より安定した品質での調達に繋がる副次的効果も得られています。
- 課題: 地域によって農業慣行、インフラ、技術レベルが大きく異なるため、画一的なアプローチが難しい点です。また、小規模サプライヤーに対しては、データ測定や技術導入のコストが負担となる場合があり、きめ細やかな支援が必要です。
- 評価: サプライヤーからの報告データ(削減率、改善事例など)を収集・分析し、同社のCSR報告書でサプライチェーン全体のロス削減目標に対する進捗として開示しています。
事例2:国際小売業Y社の調達基準と物流効率化
世界各国で店舗を展開する国際小売業のY社は、多様な国・地域から商品を仕入れ、複雑な物流網を持っています。同社は、調達段階から店舗までのサプライチェーン全体の食品ロス削減に注力しています。
- 取り組み内容:
- 生鮮食品を中心に、サプライヤー選定基準に食品ロス削減への取り組み項目を加えています。
- 独自のトレーサビリティシステムを強化し、生産地から店舗までの温度・湿度データをリアルタイムで監視することで、輸送中の品質劣化によるロスを最小限に抑える工夫をしています。
- 需要予測システムの精度向上に投資し、過剰発注や品切れによる機会ロス・食品ロス双方の抑制を目指しています。
- 国際的な物流パートナーと連携し、最適な輸送ルートや手段を選定することで、輸送時間を短縮し、商品の鮮度を維持する取り組みを行っています。
- 成果・効果: 輸送中の品質劣化による返品・廃棄率が低下しました。正確な需要予測と物流最適化により、店舗での在庫ロス削減にも貢献しています。これらの取り組みは、コスト削減にも繋がり、事業効率の向上にも寄与しています。
- 課題: 各国の規制やインフラ整備状況の違いが、統一的なシステム導入や基準適用を難しくしています。また、天候変動など予期せぬ要因による影響も大きく、柔軟な対応が求められます。
- 評価: 調達から店舗までの各段階における廃棄率や返品率を主要な評価指標として定点観測しています。物流コスト削減率や在庫回転率なども合わせて分析し、経済的な効果と環境負荷低減効果を総合的に評価しています。
分析と読者への示唆
これらの事例から、グローバルサプライチェーンにおける食品ロス削減において、以下の点が重要であることが示唆されます。
- サプライチェーン全体を俯瞰する視点: 自社だけでなく、上流(農場、加工業者)から下流(小売、消費者)までの全ての段階でロスが発生していることを理解し、全体最適なアプローチを検討する必要があります。
- 国際基準の活用: FLW Standardのような国際的な基準を用いることで、データ収集・分析の精度と信頼性が向上し、効果的な削減策の立案や、サプライヤー・パートナーとの共通理解形成に繋がります。これは、特に海外拠点や海外サプライヤーとの連携において強力なツールとなります。
- テクノロジーとデータの活用: 精密なデータ収集、需要予測、トレーサビリティ、コールドチェーン管理など、テクノロジーの活用はグローバルなロス削減に不可欠です。データの「見える化」とその分析に基づいた意思決定が重要となります。
- ステークホルダーとの強固な連携: サプライヤー、物流業者、小売業者、そして消費者との密なコミュニケーションと連携が成功の鍵です。共通の目標設定、情報共有、そして互いの課題に対する理解と支援が求められます。特に、文化や言語の違いを乗り越えるための配慮や、信頼関係の構築が重要です。
- 経済的・環境的双方の視点: 食品ロス削減は、環境負荷低減というCSRの目的だけでなく、コスト削減や効率化、ブランドイメージ向上といった事業上のメリットにも直結します。これらの経済的な側面も明確にすることで、社内外の理解と協力を得やすくなります。
貴社のグローバルサプライチェーンにおける食品ロス削減を推進する上で、まずはどの段階でロスが多く発生しているのかを国際基準に沿って測定・分析することから始めてみてはいかがでしょうか。そして、そのデータに基づき、サプライヤーや海外拠点との連携を強化するための具体的な計画を策定することが推奨されます。
まとめ:グローバル連携で築くサステナブルな食料システム
グローバルサプライチェーンにおける食品ロス削減は、単なるCSR活動に留まらず、企業のレジリエンス強化、ブランド価値向上、そして持続可能な食料システムの構築に向けた重要な経営課題です。国際的な基準を活用した効果測定と報告、そしてサプライチェーン上の多様なステークホルダーとの強固な連携は、この課題克服のための鍵となります。
先進企業の事例は、課題は多いものの、データとテクノロジーの活用、そして粘り強い関係構築によって、グローバルな規模での食品ロス削減が可能であることを示しています。これらの知見を参考に、貴社のグローバルサプライチェーンにおけるCSR活動をさらに発展させ、世界的な食品ロス削減に貢献されることを期待いたします。